micute

みのりと鉄道の関係。

パティスリーツルタニさんのケーキ美味しかったです。

みのりです(`・ω・´)ゞ

前回予告した、少し真面目なお話をしたいと思います。
私の出身地は三木ではなく、佐賀県の諸富町です。

かつてそこには国鉄佐賀線が走っていました。

しかし、第2次廃止対象路線に指定され、国鉄民営化直前の昭和62年3月28日に廃線。
物心ついた頃にはレールは剥がされ、線路跡はサイクリングロードや道路になっていました。

唯一当時のまま残っていた筑後川昇開橋は、撤去を勧告していた国と地域のシンボルとして残したいという住民の間で揺れていましたが、平成2年度に保存が決定していたそうです。

そんな中、平成4年に父の仕事の都合で三木に引っ越してきました。
知っている人もいない、方言も通じない。
友達が出来るまで、家の窓から外を眺めていることが多かったです。
窓から見えた景色、それが神戸電鉄の踏切でした。
交通手段が車以外にバスしかなく、「駅前に行く=都会に行く」という環境で育った私にとって、鉄道が通っている町というのは都会の象徴でした。
それと三木鉄道。
小学校3年生の時はじめて遠足で乗車して虜になりました。
そして時は流れ2007年、三木鉄道の廃線が決定。
廃線に対する市民と自分の気持ちの温度差に、初めて自分は鉄道好きであることを自覚しました。
ローカル線巡りと共に、廃線跡にも足を運んだこともあります。
鉄道が廃線になると、地価が下がるとか渋滞が増えるとか言われますが、10年20年ともっと長い目で見るとそんなことだけでは済まなくなるのです。
鉄道がなく道路も渋滞するという不便さから人口が流出します。
人口が流出すれば個人商店はおろか、スーパーさえも閉店します。
利用者が減れば代替バスも廃止になります。
栄えているのは、町を通過する車が通る幹線道路沿いだけ。
残ったのは渋滞を緩和するために作られた道路と目立つ空地と空家、それと自分だけではどこにも行くことが出来ないお年寄り。
廃線跡に行って実感はしていましたが、去年佐賀に帰省した時、昇開橋から祖父母宅まで歩きながら目の当たりにした町の寂れ具合に痛感せざるを得ませんでした。
故郷である諸富を離れてしまった私には、偉そうに言える筋合いはないのかもしれません。
けれども、第二の故郷である三木で町から鉄道路線がなくなるという同じ悲しみを繰り返したくない。
だから私は地域・鉄道の発展・活性化に携わろうと思うようになったのです。
これが私が三木ご当地アイドルに応募した大きな理由です。
利用しなければ、ローカル線は存続できません。
車があれば大丈夫、鉄道なんて利用しないから大丈夫、と言っている人でも廃線ともなれば生活に少なからず影響を与えます。
一度廃線になれば、再び路線を引き直すにしても莫大な費用が必要になります。
それだけ鉄道路線というのはかけがえのない財産なのです。
鉄道はあまり利用しないという人も、月に1・2回は粟生線を利用するように心がけてみませんか?
今ではお得切符も多数発売しているので、とてもお安く利用することが出来ます。
また、急行や快速も増えたので、乗車時間も各駅停車に比べると多少短くなっています。
高い・時間がかかると言って乗らないより、1回でも多く乗ることをモットーにしてみませんか?
お得切符については今後紹介させていただきます。
まずは意思表示に、粟生線サポーターズくらぶに入会してみませんか?
年会費2000円ですが、3大特典が付いてくる上に、会員証を提示すると加盟店で優待・サービスが受けられるのでとてもお得です。
ちなみに、パティスリーツルタニさんも加盟店に入っているのですよ。

長くなりましたが、最後まで読んで下さりありがとうございました。
個人ブログを開設しましたので、今後こちらは三木市と神戸電鉄粟生線に関することを書いていくことになると思います。
※10月4日19時半頃加筆修正しました。※
※10月5日23時頃再び加筆修正しました。※

今日の鉄道写真

近江鉄道です。
実は前回の信楽高原鉄道には前置きがあって、びわこ京阪奈線フリー切符を使って米原~貴生川~信楽と乗車したのでした。
企業がお金や土地を提供して作られている駅があるせいか、車両も広告ラッピング車が多かったです。
サイクルトレインもしているので、ママチャリを押しながら乗ってくる人もいたりして結構シュールでした。

以上、みのりがお送りしました(`・ω・´)ゞ

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2 Comments

    • 2012いいんちょ
    • 2012年10月4日

    たしかに、「使わなければ必要なし」というのは、当然と言えば当然ですが、今まであったものが無くなるというのはとても寂しいものです。
    みのりちゃんには、その想いをパワーに変えて、三木のため、ローカル線のために思い切り暴れてもらいたいものです。

    • たんとう
    • 2012年10月18日

           諸富町は私の学生時の友達がいます。
    家にも行ったことがあります。静かな所だったような・・・
    場所でした。その友達の家で泊まって、朝起きたら昭和天皇が亡くなられた、そうあの日に諸富町に居たのです。

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